ヒエラポリスとエフィソスの遺跡

アンカラ → カッパドキア(2泊) → コンヤ → パムッカレ → イズミール → チャナッカレ → (トロイ) → イスタンブール(2泊)

トルコといえば、カッパドキアやパムッカレといった大自然の世界遺産が有名だが、じつはたくさん遺跡がある。

これはローマに支配された時代があったためで、その時代のものが何箇所か観光地として残されているのだ。

イタリア旅行記の中(特にポンペイ)でも書いたが、ローマ人はすごい!

2000年前に、すでに下水道を作って、お風呂を作って、二階建ての家を作って、商売をやって・・・近代に近い暮らしをしていたんではないだろうかと思われるような建築技術・知識と生活水準を持っていた。

そんな彼らの技術を垣間見ることの出来る遺跡・・・・ヒエラポリスやエフィソス、ベルガモン(アクロポリスとアスレピオン)が有名だ。

2006_0916turkey0102 ← ヒエラポリスのトイレ   エフィソスのトイレ → 2006_0916turkey0121

 なかでも、エフィソスの遺跡は、他と比べるとかなり保存状態が良く、とても面白い。

かなり広範囲にわたるので、ガイドさんの話を聞きながら2時間近く観て周れるほど。

例えば、既にこの時代に娼婦の家があり、その看板が残っていたり、右上の写真に見るトイレ、門の美しい彫刻、班円形劇場などなど見ごたえばっちり!

またエフィソス考古学博物館もあって、遺跡から発見された彫刻などがきれいに保管されている。女神アルテミスの神殿の模型などもあり、とても見ごたえあり。

エフィソスは遺跡好きにはたまらないだろう。

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白い綿の城、パムッカレ

アンカラ → カッパドキア(2泊) → コンヤ → パムッカレ → イズミール → チャナッカレ → (トロイ) → イスタンブール(2泊)

いよいよ、トルコでカッパドキアと並んで有名な世界遺産のひとつ、パムッカレへ!

カッパドキアとパムッカレを訪れることがここ数年来の私の最大の夢だったので、果たすことが出来て本当に幸せだ。

パムッカレとは綿の城という意味で、白い石灰の段々畑のような美しい風景が広がっている。 パムッカレを知らない人でも、テレビや雑誌や旅行会社のポスターなどで、その美しい白い城を目にしている人も多いだろう。

2006_0916turkey0108 石灰質を多く含む温泉が同じところを何度も何度も流れて、こうした段々畑を形作っていったのだ。 自然の力はすごい。

2000年前のローマ時代からここは保養地となったほど温泉がたくさん湧き出ていたのだろうが、現在では悲しいことにその量が減ってきているらしい。ここにも地球温暖化の影響か・・・。

また観光客が世界中から訪れ、土足で歩き回ったため、その美しい白さがどんどん失われていってしまった。 世界遺産保護のため、現在ははだしでしか入れず、入れる場所も制限されている。温泉の流す場所も量も専門家によってコントロールされているらしい。

昔は写真の段々畑のその一つ一つに美しいブルーの温泉がなみなみと入っていたのだろう。 その頃に一度、来たかったなぁ。

ところで。 2006_0916turkey0104 パッケージツアーの悲しい定めとして、私たちはここパムッカレでの自由行動は1時間しか許されなかった。

足首しかつからぬほどの高さのぬるーい温泉に足をつけて、入場許可の部分を延々と歩き回るのも結構時間が掛かるし、美しい風景の撮れる写真スポットが、パムッカレの右端と左端に点在している。

そのすべてを楽しんでいたら、十分楽しまないうちに時間がなくなってしまった。

最後は駆け足になり、泣く泣くこの場を後にした。ああ、また来たいなぁ。今度はゆっくり半日過ごしたい。

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最後に、パムッカレという場所は、意外と小さいものだった。2006_0916turkey0093_1

写真やテレビで見たパムッカレは、そのアングルのうまさなのか、延々と白い石灰棚が続いているように思えた。

実際は、山の下から見ると、こんな感じでこじんまりとした規模である。

遠くから見ると茶色い山(丘?)の中腹に、白いかたまりが一箇所に付着しているという感じ。

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トルコ料理 1

きょうは、一休みしてトルコ料理をご紹介。

まずはアンカラで入ったレストラン。

観光客が来るレストランだからなのだろうが、先日の『トルコの朝食』でも紹介したような、いかにもトルコのおばちゃん的女性がパンをこしらえている所を通って、レストランにはいる。2006_0916turkey0015

2006_0916turkey0019 ← このパンが実際に出されたのだが、焼き立てなので、とてもおいしかった。 素朴な味という感じ。

また、この店では、名物の”パシャ・ピデ”というトルコのピザが出された。 超ロングなピザ!!

2006_0916turkey0016 ← こんな大きな刀を持った人がパフォーマンスとして切ってくれる。

とても華麗な刀捌きだった。2006_0916turkey0017

ピザは、割とシンプル。チーズだけ載った部分、ひき肉だけ載った部分、肉とたまねぎだけ載った部分、のグラデーション?である。 味は、どの部分もシンプルだけどおいしい。

それから、ビベルドルマスという料理。

2006_0916turkey0018 こちらは、ピーマンやズッキーニの中に、米とひき肉、野菜が詰められたもの。

すごくやわらかくて、肉のうまみと野菜の甘みが調和したおいしい料理だった。これが、いかにもトルコ料理という感じで、うれしかった。 ツアーに入ってからの初めての”トルコ料理らしい”トルコ料理だったのだ。

その前は、空港で食べた超高級ハンバーガーと、ホテルの朝食だけだったからだ。

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ドライブ・イン

トルコ旅行は、ほとんどがバス移動ということは前にも書いた。

だから、二時間おきにトイレ休憩が設けられている。 

余談だが、日本人の観光は”トイレ・ツアー”と西洋人社会では呼ばれているそうだ。 大体、日本人ツアーは二時間おきにトイレ休憩を設けなければならないが、西洋人のツアーは四時間に一回でいいらしい。 膀胱が大きめに出来ているということか・・・。 

いいなー。 そうだったら、トイレを気にせず、たくさん飲み物をのめるのに。

そんなわけで、観光名所を転々とする日は問題ないが、ひたすら4,5時間バス移動という日は、ドライブ・インを利用する。

トルコの住人が普通に利用する売店やガソリンスタンドのあるドライブ・インのこともあれば、”まるで観光客向け”といった場所もあった。2006_0916turkey0092

右の写真を見て、何かお気づきだろうか?

そう、日本語と韓国語が書いてあるのだ! 日本人と韓国人の観光客が多いことがわかる。

2006_0916turkey0091 ← こんな看板まであるのだ! まるで意味がわからない。

 何ゆえ、大阪と東京・・・?っつーか、これ、日本人が書いた字だな。

ちなみにここは、コンヤからパムッカレに向かう途中にあるDINARという町にあったドライブ・インである。

なんでも、松の蜂蜜と、チーズのような”硬い”ヨーグルトが有名な町だとか。2006_0916turkey0090

右の写真はそのヨーグルトに、その蜂蜜をかけたもの。

2006_0916turkey0089 左の写真は、ヨーグルトの硬さを教えるパフォーマンスである。

「ほら、逆さにしても落ちないでしょ?!」ってな具合。

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インジェ・ミナーレ博物館

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コンヤでもう一箇所行ったのが、インジェ・ミナーレ博物館だが、ここはものの10分、15分いた程度である。

まあ、先日書いたメブラーナ廟はとても興味深く観ることができたし、いろいろ展示してあって面白いが、こちらはそれほど面白い観光名所ではないかな・・・?!

ここは13世紀ごろに建てられた神学校で、セルジュク時代の建築・美術(彫り物)に興味がある人なら面白いかも。

2006_0916turkey0083右の尖塔(ミナーレ)は落雷で折れてしまったそうだが、中に入るとその昔の姿を小さな写真でみることができる。(下の写真)

2006_0916turkey0084

そのほか、セルジュク時代、オスマン時代の、目を見張るような木彫りの彫刻を展示した部屋がある。

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メブラーナ廟

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この記事に取り掛かる前に、コンヤで悲しい事故が起きてしまった。 私の参加したツアーと同じく(旅行会社は違うが)、バス移動というパッケージツアーで、しかも亡くなった方は私と同じ年。 ご冥福をお祈りする。

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この、コンヤという町には、カッパドキアからパムッカレに向かう途中、1,2時間ほど立ち寄っただけだ。

ここは、イスラム教徒の聖地のひとつともなっており、イスラム教徒の格好、つまり頭にスカーフを巻いた女性がたくさんいた。 トルコは政教分離策をとっているし、それほど厳格なイスラム教徒ばかりではないので、女性はスカーフを巻いていない人も多いのだ。

この町では、その聖地である「メブラーナ廟」と、「インジェ・ミナーレ博物館」の二箇所を観光した。2006_0916turkey0082 写真は、メブラーナ廟。

ここ、メブラーナ廟はイスラム神秘主義教団の導師、メブラーナ・ルーミの霊廟でもあり、そのほかの聖人のお墓もあり、コーランや衣装などさまざまなものが展示されている博物館である。

展示してある主なものは

1)セマの様子を描いた蝋人形 : かなりリアルな蝋人形で、ちょっとこわい! ”セマ”とは旋舞の儀式で、ひたすらぐるぐる回り続ける。なんと3時間も回っているとか!! 

白い装束(フレアーロングスカートのようなもの)を身に着けた男性が、ぐるぐる回る姿をご覧になったことがあるだろうか。 あれは回ることにより忘我の境地になり、少しでも神の世界に近づくことが出来るというもの。

2)コーラン: 家においておく”どでかい”書物から、持ち運び用の小さなコーランまで展示してある。 右の写真で、私の指と比べると、その小ささがわかるだろう。 2006_0916turkey0080

驚いたことに、書いてある内容は同じ量だとか?!ほんとかなー。

2006_0916turkey0081 3)ひげ: 左の箱には、教祖のひげが入っているそうな。

イスラム教徒の男性はひげを生やしている。 なぜか?

イスラム教では偶像崇拝禁止なので、マホメットの肖像というものがない。 だが、『ひげを生やしていた』ということだけは言い伝えられており、少しでも彼に近づきたいという思いから、ひげを生やしているのだそうな。

4) お墓 : 霊廟なので、もちろん遺体が安置されているのだが、アンカラでのアタチュルク霊廟でも説明したとおり、遺体はメッカの方に顔を向けて地下に埋葬されている。

つまり、私たちが観ることができるお棺はただの箱なのだ。2006_0916turkey0078 なんか、すごく派手だなー。

ちなみに、とぐろを巻いているのは、イスラム教徒の男性がかぶるターバンを模したもの。埋葬されている人の地位によってその大きさが違うのだそうな。

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キャラバン・サライ

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トルコには、日本語に訳すと”隊商宿”という意味の、キャラバンサライがある。 交易が盛んだった頃、5km ~ 10km ごとにこうした宿があったそうだ。

2006_0916turkey0076 キャラバンサライの目的は、商人たちを狙った盗賊が多かったため、商人たちが安心して取引したり、休んだりできる場所を提供すること。 分厚い塀に囲まれ、入り口は一箇所。 入るときと出る時に、持ち物を検査されたそうだ。 もちろん、キャラバンサライ内での盗難を防ぐためである。2006_0916turkey0071

キャラバンサライはそのほとんどが既にかなり崩壊しているか、残っていないが、カッパドキアを出発してコンヤに向かう途中、わりと保存状態のいいものがありそこが観光名所となっている。(うっかり場所を確認するのを忘れたが、ガイドブックによればアウズカラハンというところらしい)

たとえば、トイレ、お風呂、市場(取引所)、寝室の跡を見学できる。真ん中の建物は、モスクで、ちょっと怖いがてっぺんまで登ることもできる。 遠い昔に、人々がここで盛んに取引をしていたことに思いをはせると、なかなか面白い。

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この日は、別のキャラバンサライにも行った。そこは、レストランに改築されていて、かなり大きな規模のものだと思う。(先日紹介したアナトリア文明博物館も、キャラバンサライだ)

ここには、コンヤ見学の後、パムッカレに向かう途中によったが、名前はわからない。

2006_0916turkey0085 ← 外観。 内観もなかなか味があってよく、店員も愛想がよかった。

食事もおいしかったので、立ち寄る価値あり!2006_0916turkey0088 (食事については後日紹介予定)

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働く子供たち

下の写真は、カッパドキアの絨毯屋にて。 パッケージツアーに付き物のおみやげ物屋に連行(?)された時のものだ。 絨毯をどうやって織っていくのか、教えてくれる。2006_0916turkey0048

「トルコでは15歳以下は働いてはいけない。だから、彼女は16歳」と絨毯屋がうますぎて胡散臭い日本語で、説明していた。

絨毯織りは本当に重労働らしい。 織り方を見ていたら、その作業の細かさで気が遠くなりそうだった。 だから、絨毯は高いのだ。

でも、トルコでは結婚する時に義母に絨毯を2枚、プレゼントしなければならないのだそうだ。 

「私は、家事ができますよ(絨毯が織れますよ)」というパフォーマンスである。

つまり、トルコで絨毯は必要不可欠、女性は絨毯を織れることが基本条件なのだそうだ。

とはいっても、働く女性も多いトルコ。

現地ガイドさん(38歳、女性)がいうには、キャリアはあるが絨毯が織れない女性は、絨毯屋さんで購入するそうな!?

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おっと、話がそれた。

働く子供、というテーマに戻る。

土産物屋などでは子供たちが働いているのをよく見かけた。2006_0916turkey0042_1

親の店を手伝っているのだ。日本じゃ考えられない光景だ。

ちなみに、これはあのトルコののび~るアイス、ドンドルマ。

一つ買って、写真のようにパフォーマンスをしてもらった。

ドンドルマは、ミルキィの味だったよ。

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羊料理

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私は羊肉が苦手である!

トルコに行く前、結構気にしてはいたが、行ったことのある友達に聞くと「そんなに羊肉が出てきた記憶がないなぁ・・」。

カッパドキアの中のギョレメという町のレストラン。2006_0916turkey0067 (写真は、レストランからの眺め。モスクが見え、お祈りの声が聞こえた)

名物の『羊のつぼ焼き』 (パッケージツアーなので、メニューが決まっている)

ひょえ~!!

「トルコの羊はくさくないんだって」と妹。(ガイドブックにも同じことが書いてあった)

2006_0916turkey0068 ちなみに、このレストランではそのつぼ焼きの壷を写真のように私たちに割らせてくれる! もちろん私も挑戦。 ナタを振り下ろした→。

2006_0916turkey0069 じゃじゃーん。

恐る恐る・・・・ぱくっ。

あ、ほんとだ。くさくなーい!

ということで、ほとんど食べつくしましたとさ。

この旅行中、たまに私の苦手な臭みのある羊肉とも出会ったが、基本的には大丈夫であった。というか、このつぼ焼きはおいしかった。

ところで、長いながーいカッパドキアも今回で終了。 カッパドキアに飽きてしまった読者もおられるやも知れません。 お付き合いありがとうございました。

2006_0916turkey0062 左の写真は、私の泊まったホテル『エルケプ・エヴィ』のテラスからの眺めでござい。

きれいでしょー!!

(手前のテラスもエルケプ・エヴィのもの)

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カイマクル地下都市

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トルコ旅行に行く数週間前NHKで放映していて、非常に興味を持っていたのが、カイマクル地下都市だ。2006_0916turkey0061_1

カッパドキアにはキリスト教徒が逃げ込み、岩に穴を掘るだけでなく、地下にも巨大住居を掘っていた!!

カイマクルはその中でも有名で、地下8層(深さ55m)だそうだ!! 大部分は9-10世紀ごろに作られる。

粉ひき臼が置いてあったり、ワインを作るための穴がある部屋や貯蔵室、教会などがあるが、残念なことに何にも文献が残されていないのだそうだ。 今わかっていることは、専門家たちの推測でしかないというわけ。

ちなみに右上の部屋は、特にどこを撮ったというわけではない。 妹に、「写真の白い点々は妖精みたいなものが写っているのだ。」と指摘されたのだが、このことについて知っている方は教えてください。

話を元に戻すが、いろいろな工夫がされていて、空気孔のほか、煙突もある。煙突は敵に煙で居場所を突き止められないよう、秘密の煙突出口を作ったそうだ。 また、敵が来た時に、洞窟の要所要所にふたをする仕掛けを作ったり、迷路にしてみたり・・・。

岩壁の迷路が延々と続く。 かがまなくては通れないところもたくさん。 見えてくるものは灰色一色で、ガイドの説明なしじゃ何の面白みもない。 だって、ワインを造る水槽も指摘されなくちゃ全然わからないもの!

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おもしろ岩とローズバレー

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2006_0916turkey0058_2  今回は、前回載せられなかったカッパドキアの風景を少々。

ウチヒサール →

大きな岩山を中心に小さな洞窟住居がひしめき合って、とても面白い光景。

2006_0916turkey0040 2006_0916turkey0045

2006_0916turkey0051  そのほか、左の写真のようなさまざまな形をした岩が、いろいろなところで見られる。 とても、一口では説明できない。

真ん中の写真は、人がちんまり座っているように見えるので、面白いから撮ってきた。

また、ローズバレーという場所に、夕日を観にいった。

残念ながら、写真の通り曇っていて、きれいな夕日を拝めなかったのだが。

2006_0916turkey0063_1 2006_0916turkey0066

2006_0916turkey0065 右の写真も、ローズバレーでトルコ人らしきおじさん二人が仲良く肩を寄せ合って夕日を眺めていた。 まあ、こっちではこういう光景は普通みたいだけど。(ホモじゃないんじゃって)

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トルコの朝食

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私たちの泊まった洞窟ホテル『エルケプ・エヴィ』では、夕食も朝食も屋外で食べた。

2006_0916turkey0029 夕食は沈む夕日に照らされ、月に照らされるロマンチックな食事だったが、朝食は更に素敵だった。 

9月中旬のカッパドキアは朝晩の冷え込みが激しく、ちょっと寒かったが、朝日に照らされてみんなで囲む朝食は、他のホテルでは味わえない。

しかも、ツアー中の他のホテルでの朝食はアメリカンスタイルのブッフェだったのだが、洞窟ホテルでは、トルコ式朝食! 2006_0916turkey0030

”エキメッキ”というフランスパンを大きくした感じのパン。 それからきゅうり、トマト、チーズの角切り。オリーブと数種類の手作りジャムや蜂蜜。

それからチャイ!(←トルコ式紅茶)  とっても簡素なのだ。

2006_0916turkey0031 また、ホテルのサービスだろう、ギョズレメというのも出された。 なんとテーブルの近く、すなわち屋外でおばさんが地べたに座り焼いてくれる。 

(トルコの街中では、こうやって焼いて売っている人がいるらしい)

ギョズレメというのは、トルコ風のクレープといったところか。 厚めの小麦粉の皮に、チーズがはさんであったり、トルコ風マッシュポテトがはさんであったりする。

これがまた、温かくておいしかった。チーズは癖があったのだが、ポテトの方はおいしかったのでお代わりまでした。

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洞窟ホテル

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私の参加したパッケージツアーの名前は、

洞窟ホテルに泊まる 東西文明の十字路トルコ周遊ハイライト10』 by ルックJTB

そう。 ここカッパドキアで、洞窟ホテルに2泊したのだ。

洞窟ホテルとは?

前回『カッパドキア』で、あの奇岩にキリスト教徒たちが穴を彫って生活していたことを説明した。 そこをホテルとして利用しているのだ! びっくり仰天(@@)。

カッパドキア地区が世界遺産であり、その中に含まれているだけあって、ホテルには現存する部屋を使用しなければならない。 ホテル用に大改造は出来ないのだ。 だから、部屋によっては、あるものは大きすぎたり、あるものは小さすぎるということもあるらしい。2006_0916turkey0024_1  同じツアーの人が、お風呂場が10畳ぐらいあって落ち着かなかったといっていた。

私たちの部屋は、こじんまりといった表現が似合う。

壁には飾り棚があり、清潔な白いシーツのベッド、落ち着いた茶色の木の床や机、床にはトルコ名物である絨毯がひかれている。

1000年以上前の同じ場所で、どんな思いでキリスト教徒たちは生活していたんだろう・・。

アメリカンタイプのホテルのような便利さは決してない。でも、ここには泊まるだけの価値があると思う。

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いよいよカッパドキア

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いやー、ここまで来るのにだいぶページ数を使ってしまった。 

とうとう今回の旅行のメイン、カッパドキアへ! いよ!待ってました!

カッパドキアは、行く前まで”町の名前”だと思っていた。

ふたを開けてみたら、地方の名前だった。 カッパドキア地方。

だから広いのだー! 本当は、1日2日で周れるような代物じゃないらしい。

とにかく時間の限られたツアーでは、有名なスポットを駆け足で見ていく。

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2006_0916turkey0032 2006_0916turkey0039 2006_0916turkey0043 こういう写真をどこかで見たことがあるかもしれない。

カッパドキアは、なぁんと6000万年前の噴火によって火山灰が堆積し、固まった岩が、今度は風雨によって浸食されて出来たところだ。  所によって、その侵食のされ方が違っていて、さまざまな風景を形成している。 

幾度もの噴火で、成分の違った幾重もの層が堆積されていく。 風雨に浸食されやすい柔らかい層の上に固めの層が降り積もると、きのこ型のものが出来る。 しかも一口に"きのこ型"といってもその形はさまざまなのが、上の写真でもわかるだろう。

これだけでも、とても面白い。

ところが!

ここにキリスト教信者達が住んじゃったものだから、もっと興味深いものになった。

ローマ時代3,4世紀にキリスト教徒は迫害され、この地に逃げ込んだ。その後、ローマ帝国はキリスト教を認めたのだが、7世紀にイスラム勢力が強くなると、またもやキリスト教徒は迫害された。 

この地は、ある意味、不毛の土地に近く、夏は暑く、冬は雪が降る。 岩を掘った岩窟内は気温が一定で、夏は涼しく、冬は暖かい。キリスト教徒たちは岩に穴を彫り、生活をしたそうだ。 

キリスト教信仰を続けるために、教会も作った。 いろいろな場所に教会は点在するのだが、ある一角に教会が集中して作られたところがある。 

30もの岩窟教会のあつまるギョレメ野外博物館。 2006_0916turkey0057 右の写真の天井は、聖バジル教会、林檎の教会、聖バルバラ教会、蛇の教会とたくさんある中の、暗闇の教会のもの。 

名前の由来は、壁画に蛇が描かれているものを蛇の教会と呼んだり、林檎の木が目の前にあるから林檎の教会だったりする。

壁画は偶像崇拝を禁じるイスラム教徒が、ほとんどのキリストやマリアや聖者の顔の部分を削り落としてしまった中、この暗闇の教会のものはほとんど残っており保存状態がいい。 修復もされているそうだが。

2006_0916turkey0056 それにしても、なぜ30もの教会があるのか!?

岩窟を彫って作った教会は狭いため、たくさんの信者が入れず、たくさん作るしかなかったからだそうな。 

ちなみに左は、教会郡の一角にある食堂。 60名ほど座れるらしい。隣には台所の部屋があって、床には火をおこす凹みがあり、天井はすすで汚れている。

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塩の湖 

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2006_0916turkey0022_1 アンカラを出て、カッパドキアに至る途中に、塩の湖(トゥズ・ギョル)があり、ほんとに塩だらけ。水なんか、全然見えなーい!  どこまでも塩の上を歩いていけそう。

実際、私達も10メートルぐらい入って記念撮影をした。

なんと、広さは琵琶湖の3倍だそうだ。

ご多聞にもれず、ここで取れた塩を生成したものを売っていた。

日本円で、200円で買える!もちろん、トルコリラや米ドルも使えるけど、日本の小銭が海外で使えるってすごくないかい?!

ちなみに、ここら辺は規模はトゥズ・ギョルほど大きくはない塩の湖がいくつもあるそうだ。昔は地底だったのね・・・・と思いをはせてみる。

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アナトリア文明博物館

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”アナトリア文明博物館"”では、トルコのすごい歴史が見られる!!紀元前6000年前から出土品が時代ごとに展示されている。

紀元前だよ、紀元前!!

なんでも、トルコ(アナトリアと呼ばれた領域)では既にB.C.7000年(つまり9000年前!)から、人の住んだ跡があるらしい。

2006_0916turkey0014 ← これは、B.C.6000 年の遺跡から発見された地母神像。出産の神秘としての女性が神様として、祭られていたことを物語る。原始、女性は太陽だった・・・・。

トルコの歴史は、それから侵攻と征服の繰り返しだ。 まずはB.C.2000年にヒッタイト人がどこからかやってきて、B.C.700年にはウラルトゥ王国やルフリギア王国が支配し、次はペルシア・・(中略)・・・ローマ帝国(B.C.~A.Dにかけて)。・・・・セルジュクトルコ・・・十字軍が来たとおもったら、オスマントルコ・・・

こんな具合に、ガイドブックの簡単な歴史を読んだところで、全然頭にはいらん!!つまりは、いろいろな民族が入れ代わり立ち代わりしたということだ。

だから、純粋なトルコ人というのはいないらしい。

ヨーロッパ系(白人)もいれば、中近東系の濃い顔もいれば、ギリシャ系のごつい顔もいる。 トルコの人々はそんないろいろな民族のミックスなのだ。

話を元に戻すが、このトルコのながーい歴史の中の紀元前のものが、この博物館に展示されている。 宝飾品から、武器や飾り物、鏡やガラスの器まで、その技術には目を見張る。

2006_0916turkey0013 ちなみに博物館の建物は、キャラバン・サライで、バザール(市場)として使用された建物だそうだ。 キャラバン・サライについては、また。

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アタチュルク廟

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私達は、アンカラにある”アタチュルク廟”と”アナトリア文明博物館”のニ箇所を見物しただけで、アンカラを後にした。 

午前中の数時間しかいなかったので、当然、アンカラの一部しか見ていない上での感想なのだが・・・多くのパッケージツアーがアンカラを飛ばしてしまうのがわかる気がする。

アンカラには”他の町に比べて"見るべきものがあまりない。(失礼!)

2006_0916turkey0005_1 アタチュルク廟 : トルコを救い、トルコの初代大統領になったというムスタファ・ケマルの霊廟。 とてもきれいなのだが、トルコの歴史的建造物や大自然の遺産を考えると、新しすぎて面白みがないかも。

2006_0916turkey0007 建物の中は、トルコ自慢の大理石が敷き詰められていて、立派な墓石もある。 ところが、死体はこの中にないらしい。 この下の地中深くに埋まっているそうだ。

イスラム教では、死者は土葬で、顔はメッカの方向に向けて横にされるそうだ。アタチュルクも、ここからメッカの方を向いて、安らかに眠っているに違いない。

2006_0916turkey0010_1 このアタチュルク廟は、アンカラの町を360度見渡せる小高い丘の上に建っている。だから、眺めも最高! 右の写真はそこから見た美しく並ぶ家々。 

ただ、アンカラが他の町と比べてあまり面白味がないといったのは、こういうことなのだ。ここ80年ぐらいで3万人から35万人に膨れ上がったアンカラは、新興住宅地のようにきれいすぎる。

2006_0916turkey0009 私達は運よく、衛兵の交代を見ることが出来た! こういうのは、どこの国で見てもとても面白い。彼らの訓練された美しい動きは、目を見張らんばかり。

彼らは、他の国の衛兵と同じく、写真を撮ることは構わないが、決して話したり笑ったりすることはない。 ちなみに、トルコには徴兵制度がある。 

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首都はアンカラ

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地理に詳しい人でない限り、トルコの首都は”イスタンブール”だと思っている人が多いと思う。

でも、首都はアンカラなのである。 

これからちょっと、首都がアンカラとなった理由についてまじめな話を書くので、興味ない方は飛ばしてしまっても構わない。 でも、下段のムスタファ・ケマル(アタチュルク)については、出来れば読んで欲しい。

イスタンブールは、昔からヨーロッパとアジアを結ぶ架け橋の町として、交易の街として、栄えていたらしい。

第一次世界大戦に敗れたドイツ・オーストリア側についていたため、トルコは負け国として、領土をイギリス、フランス、イタリア、ギリシャなどに分割されてしまう。

それをムスタファ・ケマル、後にアタチュルク("トルコの父"の意) と呼ばれる将軍が戦争の上、領土を奪回し、新しくトルコ共和国を築いた。 その際、華やかなる栄華を誇るイスタンブールより、アンカラを首都に選んだのだそうだ。 アンカラも、トルコの4000年の歴史の中、何度か首都になったことのある町ではあったが、その時の人口は3万人。 

未熟な町に首都を移すことで、国の再生を一から試みたのだ。

アンカラは、1923年に首都が移された時の人口3万人から、現在35万人に膨れ上がった。 (次回の記事に載せる写真がそれを物語っている)

本当は、遺跡もたくさんあるそうなのだが、現在の町の地中に埋もれているらしい。

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ムスタファ・ケマルがアタチュルク"トルコの父"と呼ばれるようになったわけについて。

上述したように、ムスタファ・ケマル将軍は、連合軍からトルコの領土を奪い返した。そして、初代大統領になると、斬新な政策を次々と打ち出した!

イスラム教にもかかわらず、政教分離。(今でも、トルコ人の98%がイスラム教徒)

一夫多妻制の廃止。男女の教育の義務化 (イスラム教だったら男性だけ)。

太陽暦の採用。・・・うーん、画期的。

何よりも画期的なのは、アラビア文字をローマ字化したこと!

通常のローマ字のなかで、ない文字もあり、またトルコ特有のローマ字もある。

トルコは現在、EUに加盟したがっている。 あと、10年は掛かるといわれているらしいが、もし今でも、イスラム教が深く信仰され、アラビア文字を使用してたとしたら、EU加盟は絶対ありえない。 逆を言えば、色濃いイスラム社会だったらEU加盟をしようだなんて、はなから思わなかったかもしれないが。

そんなわけで、トルコという国はムスタファ・ケマルがいなかったら今頃なかったかもしれないし、トルコの近代化は彼の強硬政策がなかったらありえなかったのだ。

次回は、そんな彼のお墓を紹介しよう。

ちなみにイスタンブールの空港は”アタチュルク空港”という。

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トルコ、初めての食事

アンカラ → カッパドキア(2泊) → (コンヤ) → パムッカレ → イズミール → チャナッカレ → (トロイ) → イスタンブール(2泊)

成田から飛んだ飛行機は、イスタンブールのアタチュルク空港に19:20に降り立った。

これから2時間半後の22:00に、再びアンカラに向けて飛び立つ。

アンカラの空港に着くのは、23:00。 バゲージクレームで荷物を受け取り、市内のホテルまで移動してチェックインするのは、午前様になるのは間違いない。

というわけで、空港で腹ごしらえをすることにした!

5軒ぐらいあったレストランからカフェをすべて覗いた後、ファストフードの店で軽く食べることにした。 

カウンターでは、出来合いのサンドイッチやケーキが数種類並び、ハンバーガー類はパネルがいくつか並んでいた。 店員に、パネルを指差しながら「あのハンバーガーとコーラをひとつ」と注文する。 

「16トルコリラです。」

2006_0916turkey0001  な、なんと日本円に換算すると、1300円ではないか!

 (1トルコリラ は約80円)

さすが、空港・・・。 

ちなみに、注文してから肉を焼いて作ってくれるせいか味はおいしかった。 妹が頼んだ別のハンバーガーも12トルコリラ(1000円弱)したが、これもおいしかった。

マックの普通のハンバーガーの1.5倍か2倍ぐらいのボリュームもある。

それでも!

ハンバーガーとコーラで1300円は、ちょっと取りすぎでないかい??

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魅惑のトルコ

今回のトルコ旅行は、定番のパックツアー。

アンカラ → カッパドキア(2泊) → (コンヤ) → パムッカレ → イズミール → チャナッカレ → (トロイ) → イスタンブール(2泊)

        *( )内は宿泊せずに、観光に降り立っただけの町

日本の往復を含めた10日のコースであった。

いやー、トルコは広い広い。 おおよそではあるが、トルコの国土は日本の約2倍。 日本列島を真横にして幅を二倍にした感じである。(すごく大雑把!) ちなみに人口は日本の半分ほどだそうだ。

一番西のイスタンブールから、北周りでツアー最東のカッパドキアで折り返して南の方を周ってイスタンブールに戻った。 このカッパドキアでさえも、トルコの真ん中ぐらいに位置している。

バスの走行距離、2,379km(確か)。 これを約7日間で駆け抜けたわけだ。 つまりは、バス移動が大半を占めたと言うことになる。

今後、なるべく行程に沿って旅行記を書いていくつもりである。

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トルコの認知度はあまり高くない(らしい)。 私が友達を含め、よく行く店の店員さん達などに「トルコに行くんですよー!」と言いふらした時の周りの反応をみた印象である。

「なんで、トルコを選んだの?」 「トルコには何があるの?」 「トルコって、伸びるアイスの、あの国ですよね」などなど。

世界遺産であるパムッカレ・カッパドキアなどの名前は、知らない人が多い。

私はそのパムッカレ・カッパドキアに何年も前から行ってみたくてたまらなかった。 そして行ってみた感想は「この目で見ることができて、本当によかった!」ということ。

ちなみに、何ゆえトルコか・・・というのには理由があるが、ここでは割愛しよう。(長くなるから) 

興味のある方は、私のメインブログ『太陽のにおい』の『不思議な出会い』をごらんください!

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