シャープさんフラットさん ブラックチーム
昨日『シャープさんフラットさん』のブラックチームを観に行った。 本日、19日が千秋楽である。 ホワイトチームの感想は前々回のブログの通りだ。
はっきり言えば、ホワイトチームの方が面白かった。 あるいは、最初に観たのがホワイトチームだったため、せりふの言い回しなどが頭にインプットされ、次に観たブラックチームのセリフ回しに「違う、こんなんじゃない」と違和感を感じてしまったのかもしれない。
キャストは、ブラックの方がいい。 というか、単純に大倉孝二のファンだし。 犬山犬子も峯村リエも好きだ。 客演もこちらの方が華がある。(小池栄子に坂井真紀)
ところが残念なことにブラックの最大の違和感は、大倉孝二であった。 彼の本当の魅力は、ケラの台本で一風変わった人を演じさせた時にこそ遺憾なく発揮される・・・私はそう信じている。 だから、テレビで彼を観るたびに「ああ、彼の魅力はこんなんじゃないのに。もっと面白いのに・・・」と思うのである。 それが、今回の役はシリアスでありすぎた。 シリアスな役は彼に似合わないのだ。 もちろん今までもシリアスな役だった時には同様のことを感じた。
そして、私はホワイトチームのほうが一体感があり上手くまとまっているような印象がした。 ブラックに出演の役者も一人ひとりは素晴らしいのだ。 ただ何かが微妙にずれている・・・・。 もしかしたら芝居はナマモノだから、その日その日で微妙に発するものが変わってくることがある。 たまたま昨日は、何かが微妙にずれていて、私の中に違和感をもたらしたのかもしれない。
ラストが二通りある・・・ということだったが、それは大した違いはない。劇的に主人公の運命が変わったりすることはない。 (いや、そんなことはないか、ブラックでは自分の元恋人が事故でなくなってしまうのだから・・・。) ただ、芝居に流れる重苦しい雰囲気ががらりと変わることはない、どちらも同じということだ。
前回の感想で「ストーリーはどうでもいい」なんて書いてしまったが、ちゃんと濃厚なストーリーがある。 いくつもの人間関係が流れ、それらは起承転結する。 涙があふれる場面もある。
作・演出のケラが『半自伝的作品』だといっているように、脚本家が主人公だ。
アル中で浮気性の母親を持ったために、現実逃避からの妄想・・・やがてそれを劇作家としての職業に生かしていくが、だんだん面白いものが書けなくなる。好きなのに、恋人とも上手くいかずに、挙句の果てに彼女を階段から突き落として顔に消えないアザを作ってしまう。 そんな現実から逃げてやってきたのが、舞台であるサナトリウムだ。
この主人公がそっくりそのままケラということはないだろう。 だって、現実のケラは才能にあふれているのだから。 ただテレビ受けするものをメジャーとするならば、そういった意味でマイナーであることに彼自身が苦しんでいる、もしくは苦しんだということなのかもしれない。
芝居の後半に、自分が考えていることは、人と微妙にギャップがある。自分が奏でようとするメロディーは、周りの人と微妙にずれている。 そういう人たちをシャープさん、フラットさんと呼ぼう・・・というようなセリフがある。 胸を突くような真実。
それは、自分が面白いと思って書いた脚本がまるっきり観客に受けなかったりする、そういう現実を受け入れなければならない苦しみから出てきたセリフだろう。
確かに彼の独特の世界はブラックでシニカルで、ディープなんだよなぁ・・。だから面白いんだけど。
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