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マン喫デビュー!

いやー、マンガ喫茶というところに、以前からずっと行ってみたかった。

”おたく”な世界な気もしたし、36歳にもなった女一人で行くのはためらわれたし、かといって友達と久々に会ったのにマンガ喫茶に行ったのでは、会った意味がない。大体において女友達と会うのは、おいしいものを食べに行くとか、おしゃべりするということが目的なのだから・・。

ところが、チャンス到来!

金曜日、中学時代(先日『サルサと鎌倉の海-前編-』で書いた学級委員仲間)の飲み会をした。目的の店が20:00からしか予約が取れず・・・。

私が会社を上がるのは17:00。

3時間あるな・・・にやり( ̄ー ̄)。

スロットに行く手もあったが、実際のところ、パチンコ・スロットは次の用事があるときの時間つぶしには向かないものなのである。 3時間ずっと負け続けて、飲み会のお金がなくなるのはイタイし、待ち合わせ時間前に大当たりが連荘し始めたらアツイし。

ここはマンガ喫茶が、最適だろう。

かくして、私の”マン喫デビュー”が叶ったのである。

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本当は、一人で行こうと思っていたのだが・・・そのことを他のメンバーに伝えると、一人が一緒に行くというではないか! 初めての私にとって、とっても心強かった。

渋谷の『マンボー』というチェーン店。 私の通勤路にあったので、前からここに行こうと決めていた。

ところがここは、テレビで紹介されたり、ドラマで使われているマンガ喫茶より、おしゃれ性にかけているし、どこか薄汚い感じ。 マン喫経験済みの友達いわく、マンガが少ない。 確かに見聞きしていた通り、ドリンク飲み放題で、シャワールームもあったが。 

ここは大部屋ではなく、個室のみなので、男性がひとりAVなどを見るのに適しているのでは・・・などと思ってしまう(邪推かな?)。 実際にAVのDVDもおいてるし・・・。 今回は、運よく"ペアシート"の部屋には入れたが、別々だったらちょっとむなしいかも。 ま、どちらにしても、お互い黙々とマンガを読んでいたことには変わりないのだけれど。 

それでも、私は前々から読みたかった『NANA』を読めて満足! 面白くって、「くすっ」と声を出して笑ってしまうこと多々。 一人涙ぐんだりして・・・かなり怪しい人だった(^^;ゞ。 

それにしても、私は読むのが非常に遅い・・。

いろんな友達に調査したところ、@15分/1冊 ・・・つまり4冊/1時間が定番らしい。 私の場合、一時間に単行本をたったの1冊しか読めない!! 今回も二時間半いて、たったの3巻目の最初までしか読めなかった。 

私は本でも、マンガでも一字一句、じっくり読みたいタイプなの。斜め読みというのができないの・・・。

もしや、マンガを買った方が、安上がりかも?!

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サルサと鎌倉の海 -後編-

今回ライブに呼んでくれた友達は、高校の同級生。 バンドを掛け持ちでやっていて、ポジションはボーカル。 洋楽ライブをやったり、椎名林檎のカバーのライブもやったりで、今回がサルサ。 多才・多彩なのだ。

ところで、ここまで書いていまさら言うのもなんだが、私は邦楽以外、よくわからん。 最近はその邦楽さえ怪しいけれど・・・。 

今回も”サルサ”だからやってきたのではなく、友達のライブだから来てみたまでである。

だからバンドの奏でる曲は何一つ知らなかった(汗)。 サルサ目当てで遊びに来てくれた人がいたら、ごめんなさい。

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バンドの前には、サルサを踊れるようにスペースがとってあり、サルサのステップを教えてくれる。 後ろにステップを踏んでリズムを取ると、なんとなくサルサっぽい踊りになってくるじゃない・・・。

たのしい!

踊りオンチの私でも、なんとなくでもサルサっぽい踊りにみえるんじゃない?!

他のお客さんも最初はバンドを聞いているだけだったのが、時間が経つごとに、立ち上がって踊る人数が増えてくる。 

踊りがうまい人も、下手な人も、みんな踊ってる。 自分の踊りが気にならない。

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時間がたつほどにアルコールの酔いがまわり、潮風に吹かれて踊っているうちに、すごくいい気分になってきた。

海辺のライブって初めて来たけど、とても気持ちがいいものだった。

今の家からはちょっと遠かったけど、行ってよかった・・・・。

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サルサと鎌倉の海 -中編-

さて、夕方になり、海の家のシャワーで軽く潮を流して着替えた。 いよいよサルサのライブに向かう。

海岸沿いにあるスカイラークで腹ごしらえして由比ヶ浜に戻ってみると、いくつかの海の家はクラブやライブハウスと化していた。 

私が中高校時代にはそんなものなんてなかったのか、それとも、いつも夕方には海から去ってしまっていたから気がつかなかったのか・・・、夕暮れの海では音楽がここ、かしこから聞こえてきて、びっくりした。

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ライブの主からもらった招待券”兼”地図が、とても大まか過ぎて、彷徨うこと30分。ていうか、材木座海岸じゃなくて、由比ヶ浜をさまよっていたのだった。実際のところ。

最初に行った場所は音楽は流れてはいるが、どう聞いても”サルサ”じゃないよなーという感じ。 入り口の受付で「サルサはあっちでやってるよ」といわれて、向かった先は・・・

すごい!海の家の周りにロープが張ってあって、重々しく警備員が何人も立っているではないか。 確かに入り口には”サルサ・パーティー”と書いてあって、すごい人数、すごい盛り上がりだ!! 

ところが、入り口でお金を払おうと招待券(500円引き)を見せると、「これ、ここのじゃありませんよ」といわれた。

結局、ライブで落ち合う約束の別の友達に電話をして、材木座はもっとずーっと先だということを教えてもらった。 歩くこと、5分以上。 ようやくライブハウスに到着した。

材木座にも音楽をガンガンにかけているクラブがあったが、海の家の数からして、由比ヶ浜に比べるとちょっと寂しい感じ。

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サルサと鎌倉の海 -前編-

先週末、友達が鎌倉の材木座で、ライブをやるというので行ってきた。

ライブの開始時間は、18:00過ぎから。

せっかく鎌倉まで行くのだから、久々に鎌倉の海で泳ぎたいー!と思い、ライブに一緒に行く友達を海水浴にも誘ってみた。 

もう若くはないので(笑)、張り切って朝から行って肝心のライブの時に電池切れにならないように、昼過ぎに鎌倉駅で待ち合わせた。

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鎌倉の海って、私の若かりし頃の思い出の場所なんだよねー。

中学生の時、学級委員をやっていた。

遠足の場所が鎌倉で、学級委員全員で下見に行ったのだ。 私の世代は、少子化の今じゃ信じられないだろうが、一学年に10クラスもあった。 だから男女各1名ずつの、合計20名で鎌倉の海を訪れたのだ。

ちょうど男女で一緒に出かけるというのが、どきどきわくわくの年頃だ。20人じゃ、グループ交際にしては多すぎるけどね(笑)。

まあとにかく、それがすごく楽しく、実際の鎌倉の遠足の後に、学級委員の中の気のあうメンバーだけで再び鎌倉を訪れたほど・・・。 

マックで買い食いしたり、お土産に鎌倉名物、鳩サブレーも買ったっけ。

海で泳ぐような季節じゃなかったけれど、浜辺に行って遊んだことをよく覚えている。 たぶん、神社仏閣もいったんだろうけど (っつーか、それが鎌倉の醍醐味じゃん!) その思い出は薄い。 あ、でも銭洗い弁天で銭を洗ったか。 鶴岡八幡宮で、恋のお願いもした気が・・・。 大晦日には、鶴岡八幡宮に初詣も一緒に行ったかも。

その後、だいぶ人数は減ってしまったけれど、今でもその仲間と年に数回は飲み会をしている。 鎌倉がなかったら、なかったかもしれない仲間である。

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それから、中学・高校時代に海!といえば、鎌倉の海だった。

私の住んでいた街から小田急線や江ノ電を乗り継いで1時間強ぐらいで行けることもあり、鵠沼海岸、由比ヶ浜、材木座海岸など、泳ぎに行ったっけ・・・。   

大学に行ってからは、千葉の方(九十九里)や伊豆七島などに行ってたし、社会人になってからは国内や海外旅行でのリゾート地でしか、海に入らなくなってしまった。 

だから、私の記憶が正しければ、鎌倉の海で泳ぐのは20年ぶりなのだ。

鎌倉の海は汚い!っていうので有名だけれど、サザンの歌といえば鎌倉ということもあり、やっぱりイメージ悪くないよね・・・。

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今回は台風の余波があったのか(九州北部に上陸中)、ちょっとばかり波が高かった。

だからはっきりいって泳ぐ、という感じではない。

波間に漂っていた、という方が正解か。

私は結構背が高いので、足の着く範囲で沖の方まで行き、大きな波が来るたびにジャンプ! たまにタイミングがずれて、頭から波をかぶったりしたけど、とっても楽しかった。 お腹の底からわらった。 

海で泳いだあとは疲れるし、砂だらけになったり、体も持ち物もすべて潮風でべたべたになったりして後始末が大変! だから、年を取るにつれて面倒くさくなっちゃうんだなぁ。 実際、周りで寝そべっている人たちは、ほとんど20代の若者に見えたし。 

ただ、こうして再び波と戯れてみると、海って悪くないなと思う。童心に返った一日だった。

また来年も来たいな・・・。ポツリ

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大きなおしり

昨日、会社帰りにビックカメラのエスカレーターに乗った時のこと。

「ねえちゃん、ケツでけーなー」

と、下から声がするではないか。

振り返ってみなかったが、声からして、酔っ払いの6,70代ぐらいのオヤジらしい。

夕方5時で、なにゆえ既に酔っ払っているのか・・・。 

ちょっと嫌な気分だったけど、思わず苦笑した。

しりがでかいことは事実だ。何が悪い。(←開き直り)

そりゃ、下から見上げれば余計に大きく見えるってなもんだ。

そういえば、こういうことが遠い昔にもあったなぁ・・・・。

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まだ、中学生だった頃、自宅近くからバスに乗ろうとした。

同級生の男の子たち3人が既にバス停に並んでいた。 

バスが来た。

でも、彼らは行き先が違うバスに乗るのだろう、来たバスに乗ろうとしなかった。 

私が彼らの前を通り過ぎ、そのバスに乗る時、後ろから彼らの話し声が聞こえた。

「ケツ、でけーなー」

ががーん。

あの頃は、花の乙女(?)だったため、傷ついた・・・。

こうして、20年以上経った今も覚えてるぐらいなんだもん。

自分だって、大きいことぐらいわかってるんじゃ!ふん。

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派手好きな私1

先にも書いたとおり、ピンク・コンプレックスが私にはあった。

しかも、派手好きである。 顔も派手な方なので、自然とそういうものを選ぶようになったのかもしれない。

今日は、そんな私のピンクかつ派手なものを紹介しよう!

2006_05250012 パルコのかばん専門店で見つけてから、半年ほど悩んでやっとゲットしたキャリーバッグ。

いったん売り切れていてショックを受けたが、数週間後に再入荷されていたのと、パルコの5%オフセールだったので思い切ってゲット!

水戸や福岡の旅行で、大活躍である。 友達からは「派手だねー」とあきれられるが(実は引かれているかもしれないけれど)、買ってよかった私の愛すべきキャリーバッグである。

あまり、持ち運ぶ機会がないのが残念だなぁ。

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芝居の原点4

中学校で演劇部に所属したことは『芝居の原点3』で書いた。 ひとつ下の妹が、なぜか知らんが翌年、演劇部に入ってきた。想像するに、姉のまねをしたい年頃なのである。

事件は私の3年生のときの文化祭の前に起こった。

今ではその芝居のタイトルを思い出せないが、ひとつの部屋に、スケバン3人、ミーハー娘2人、まじめな女子など、普通は互いに話もしないようなバラバラな種類の女の子たちが、なぜかひとつの部屋に閉じ込められてしまう・・・・。結末はもちろん・・・・、覚えていない(^^;)。

私は、そのスケバンの番長がやりたくてたまらなかった。

変な話だけども、不良にあこがれていたのだ。

不良、かっこいい!と思いつつも、なる度量はなかった。

ところが!

演劇の顧問の先生は、その役になんと妹を抜擢したのだった。

まあ、私は温和に見えたし、妹は先も書いたとおり、気が強い。 当たり前と言っては当たり前であった。

しかし、私は抗議した。

おそらく、私があれほどまでに自我を前面に押し出したのは、初めてだっただろう。

先生に泣いて、「あの役は私がやりたい!私は来年で卒業してしまう。どうしても私にやらせて欲しい」と・・・。

今考えれば、かなり恥ずかしいし、わがままだったなーと思うのだが、結局、そんな私を見た妹が譲ってくれ、先生も了承してくれた・・・・。

晴れて、スケバンの番長は私のものとなったのだった。

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体育館での芝居の稽古中、同学年で有名な不良の男の子が入ってきた。

私のスケバンの芝居をしばらく見ていた彼は、一言「迫力あって、かっこいーじゃん」とほめてくれた。

嬉しかった・・・・。

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抑圧とピンク

ひとつ違いの妹は人より我が強い。・・・と思う。

兄弟・姉妹のいる人は、同じ屋根の下で暮らす上で、やはりどこかしらで自己主張を飲み込み、我慢を強いられることを経験していると思う。 精神的抑圧である。

我が強い妹と、ひとつしか年の違わなかった私もまた、ある意味、抑圧されていた。まあ、おそらく妹から言わせたら、「私もお姉ちゃんに抑圧されていた」ということになるだろうが。

今でこそ実家を離れて10年、のびのびと暮らし、やはり人より自己主張の強い私を周りの友達がみても「気が弱い」などとは夢にも思わないだろう。 それでも、妹に比べて口が達者でなく、頭の回転もちと劣る私は、小さいころには口げんかをしても決してかなわなかったものだ。

抑圧について、ひとつ、ピンクにまつわるエピソードがある。

妹は物心ついたころから、「ピンクが好きー!」と公言していた。

だから、母が私たちに与えるもので、ピンク・赤系はすべて妹。私はブルー・グリーン系のものを与えられていた。 たとえば、タオル、パジャマ、はたまた洋服まで。 あのころは、母が「香は緑が似合うわねー」なんていうものだから、緑が好きなどと言っていたのだが、大きくなって気がついた。 

私はブルーやグリーンなんて、本当は好きではなかったのだと・・・。

おそらく、自己主張する前に妹に先を越されて、何が好きなのかわからなくなっていたに違いない。

25歳で家を出た。家族と離れて暮らす。

それまで、服の色は地味な色合いのものが多かった。モスグリーンやブラウン、黒など。

しかし、だんだんと明るい色を買うようになり、気がつくと私のワードローブにはピンク系が多く並んでいた! ピンクと言ってもパステルピンクのものよりは、サーモン・ピンクだったりショッキング・ピンクだったり、紫っぽかったりするのだけれど。

もちろん、持っている服は赤だのオレンジだの紫だの、黒だの白だのたくさんある。でも、青はあまりないし、グリーンにいたってはほとんどない。

今になって、考える。

ああー、私は本当は子供の頃から、女の子らしい色、ピンクを着たかったんだなー!と。

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芝居の原点3

芝居の原点』1と2を書いたのは3月のことで、ずいぶん前になってしまったが、久々の登場。

小学6年生になったとき、演劇部に入った。それから中学3年間も演劇部に所属。

もともと長身で、誰が見てもスポーツ万能に見えるくせに、ただ背が高いだけのウドの大木だった私は、運動系を選ばず文化系に。

ちなみに4年生は手芸部。 5年生では何を血迷ったか、ダンス部に入った。 エマニエル坊やが流行ったころで、「シティ・コネクション」の曲に合わせてダンスを創作したりした。なつかし~!! 若い諸君、エマニエル坊やを知らないだろう!はっはっは。

おそらくこのとき、自分のダンスセンスのなさを痛感したのだろう。。いまだにダンス・コンプレックスである。

今でも、とってもかっこよく踊っている人を見ると、それだけで尊敬してしまう。 テレビでゴリエのダンスを観て、異様に気持ちが盛り上がり、DVDまで2枚も購入してしまった・・・。何度観ても、全く振りが覚えられないのだが・・・。

おっといけない、話がそれた。

中学で演劇部に入り、1つ年下の妹までが私の後を追って演劇部に入ってきた!

このときになって初めて知ったのだが、なんと私の父は大学生のころ演劇部に入っていたそうである・・・!!父は「血は争えないなー」などと、ひとり喜んでいた。

血とは恐ろしいものである。

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国営ひたち海浜公園

メヒコでの昼食後、友達が「アウトレットと海浜公園、どっちに行く?」と聞いたので、

「アウトレットならどこでもいけるしなー」と思い、何の気なしに海浜公園を選んだ。

それが国営ひたち海浜公園だった。『アド街ック天国』では6位にランクイン!

いやー、ここが思いのほか、すごくよかった!

東京ドーム25個分という広大な敷地の中に、遊園地や公園など、いろいろと遊べるところがある。 季節によって、至る所でいろいろな花が楽しめる。 焼き物もできる場所がある。 

また、夏にロックフェスティバルが開催されることで有名だそうだが、私たちが行った時はその準備でテントの設営などが行われていた。

で、公園内を移動する方法は二つ。 15分毎に園内を走っているバス(500円で乗り放題)か、レンタサイクル(2時間310円)。 歩いたら端から端まで1時間ぐらい掛かりそうな広さなのだ。

私たちは、レンタサイクルを利用することに! 

高校は自転車通学だったが、大学生・社会人になってからは乗る機会はほとんどなし・・・すごく久しぶりだった。もしかしたら17、8年乗ってないんじゃないだろうか。

そんなわけで、最初はふらふらしていたが、乗りなれると気持ちがいい!

「自転車って、たのしーねー!」と思わず叫んでしまった。

しかも、緑と水に囲まれたサイクリングロードを行くので、空気が緑の香りに満ちている。マイナスイオンがいっぱいなのだ。

これは本当に本当に、気持ちよかった。体も心もリフレッシュ!

2006_08050049 途中、ハーブガーデンというところに寄り、20種類ぐらいのハーブティーからお好みのテイストを選ぶ。 私は"チョコフレーバー紅茶"という、ハーブティーとは程遠いものを選んでしまったが、おいしかった。右の紫芋ソフトも食べた。これがまたおいしかった。

2006_08050050 友達は、オレンジフレーバーの紅茶と干し芋のケーキセット。ここら辺は、干し芋も名物なのだそうだ。

それから、ローズガーデンでバラを楽しんだ。

そのほか、つくば万博の観覧車をはじめとする遊園地や、お金をかけないでも遊べる遊具がいろんなところにあり、カップルやファミリーでいったら一日楽しめそうな所だった。

私も、また行きたいなー。 2時間ぐらいしかいなかったが、とっても楽しい時間だった。

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大洗海岸 メヒコ

先日、会社を休んで、水戸に住む友達の家に遊びにいった。 木曜日に休みを取り、水曜日の晩に車で水戸へ向かった。 

なぜ会社を休んだのかというと、彼女の旦那様が平日は出張ばかりなのでその穴埋めに(?)・・・ということだったからだ。 実際のところ、出張が延期になってしまって旦那様はいらしたのだが。

木曜日、旦那様を会社に送り出したあと、友達と二人、ひたちなか市 大洗に向かった。 水戸から車で1時間ほどだ。 ちょうど、大洗に行った翌週、『出没!アド街ック天国』でも、大洗・ひたちなかが紹介された。

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2006_08050046 昼食に メヒコ”MEXICO"というレストランに行く。 (ちなみに、有明などにある有名なメヒコとは同じ店ではないそうだ。)

大洗海水浴場に面した、眺望のいいおしゃれなレストランだった。 何が有名なのかというと、かにピラフ。2006_08050042

友達いわく、週末は並ばなければ入れないとのこと。

この日も平日にもかかわらず、店内は満席に。窓際の席は、リザーブされている。

右のように、かにのエキスをたっぷり吸ったピラフにかにがふんだんに盛られている。このかにが、またおいしい!

2006_08050045  友達と話もせずに、10分ぐらい黙々とかにの肉をほじくりだし、ピラフの上に載せてから、いただく!

うーん!絶品だ。 私たちが頼んだのは、かにピラフのレディースセット。サラダやスープ・ドリンクがついて、満足のいくセット。 私は欲張って、ステーキなども別オーダーをしたが、こちらはいまいちだったな・・・。 硬くて噛み切れず。

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その後、目の前に広がる大洗浴場まで降りていき、サンダルのまま、しばし波と戯れた・・・。こういうのって、なんか楽しい(^^)。

この日は30度ないぐらいで、海水が冷たく感じたけれど、子供たちは元気に海にもぐっていた。 平日なので、母子連れがとても多い。

それから、国営ひたち海浜公園に足を伸ばす。・・・・これは次回にお届け!

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台湾 夜遊び編

とりあえず、台湾出張記の最終回。 出張記というより旅行記だな、こりゃ。

台湾の出張中は、アフターファイブに二人の台湾人にお世話になった。二人ともわが社の台湾代理店の人で、日本語はぺらぺら。一人は女性で、ディンタイフォンやカキ氷屋、激痛マッサージ屋に連れて行ってくれたのは彼女だ。

もう一人は、別の代理店の人で、個人経営なのでわりと自由な40代のおじさんである。この人がまた、とても親切で、”いい人”という表現がとても似合う。 バカボンのパパみたいな顔をしていて、たどたどしい日本語がまたかわいい。

今回、彼にTAIPEI101だの、足ツボマッサージだのに連れて行ってもらったのだが、実はみんなに内緒で、台湾の夜の街にも連れて行ってもらった。 目的はビリヤードであった。 癒し系の彼は、見た目はバカボンのパパでも、とてもビリヤードがうまいのだ。 思わずほれてしまいそうになる。 

時は、金曜日の夜。11時といえども、台湾の中心部は若者でにぎわっている。まあ、渋谷みたいなもんだろうけど、ちょっと遊び人風な人がいても、ガングロ・ギャルやセンター・ガイみたいなのはいない。(え?いうことが古いって?)

台湾は治安がいいそうだが、日本人同士で来てたらちょっと恐いかも・・・。

さて、とっても汚い雑居ビルの中に入っていくと、室内はきれいに内装されたビリヤード屋があった。 結構たくさんの人でにぎわっている。 私はド下手なので、かなりのハンディをつけてもらって、ゲームをした。 彼が30個の玉を落とすのと、私が10個の玉を落とすのがどちらが早いか競うのである。 一応、形だけのジュース代を賭けたりして。

まあ、かなりのハンデがあったので、一応勝たせてもらった。

その帰り、小腹が減ったのでおかゆ屋さんに連れて行ってもらった。やったー!なんか台湾っぽいじゃない?!

ここは”台湾ならでは”的おかゆ屋だった。夜中の2時ごろだというのに、お店に煌々と電気がつき、お客が数組いる。

入っていくと、30種類ぐらいあるだろうか、たくさんのおかずが並んだでかいテーブル。そこでいくつかを注文して席に着くと、白いおかゆが入った鍋がでんと置かれる。 ふうふういいながら、先ほど注文したおかずをおかゆに混ぜながら食べた。

ふー。満足。

このおじさんのおかげで、普通の出張や旅行とは違った体験をすることができた。

あ、タイトルに反して、刺激的な内容じゃなくってごめんねー。

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合コン

合コンとは、福袋のようなものである・・・・

合コンに行く前は、「どんな人が来るのかなー?」とワクワクするが、いったん会ってしまえば現実を目の当たりにする。 福袋も買う前はかなりワクワクするけども、開いてみるとなんかがっかりすることが多い。でも、たまに”当たり”のものが入っていたりする。

ちなみにこれは、先日私が久々の合コンに参加して、思いついた言葉である。

どう?なかなか真理をついた言葉だと思わない?!

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とある金曜日、「今日の合コン、欠員が出たんだけど、行かない?」 そんなメールをもらった。 暇だった私は即オーケー。

なんでも、3対3の合コンだったのに、1人が急遽入院してしまったとか。 もう一人の女性は、話したことはないけども知り合いの子であった。

「IT関係の人だよー!」というから、半ば「イケイケ風の男だったらどうしよー。」と自分のそんなにおしゃれを意識していない服装を心配したりもしたが、そんな心配は不要だったことが判明。 

普通の方たちであった。 

しかもあまりしゃべらないから、幹事の女性が盛り上げ、私もそれなりにがんばってしゃべった。。 それでも飲み屋のテーブルにあった血液型と生まれ月の占いなどをネタに、それなりに盛り上がり、楽しく酔っ払った。

9時半。

なんと飲み屋が二時間制だったので、店を追い出されることに。

男性側の幹事に"締めの一言"を振ると・・・

「あのー、今日はお疲れ様でした。ありがとうございました。」

・・・・・・

「ええー!!これで終わりかよっ」と心の中で突っ込んでみたものの、「次も行きましょう」と女性の方からいうわけにもいかず・・・。 「盛り上がらなかったならまだしも・・・金曜の夜で、まだ9時半だよ?!」とは思ったけど、好みのタイプがいたわけでもないので、口には出さなかった。

女性陣はみな同じ方面、男性陣とは駅でお別れ。

ところが、電車に乗ってから、女友達二人がみんな私と同じ気持ちだったことを知る。 好みのタイプはいなかったけど、それなりに盛り上がったのに、終わりにするか?!というのが、女性陣の意見であった。

すると女性幹事の携帯に男性幹事から「みんな、二次会行きたがってました。」っていうメールが・・・。

おーい。終わらせたのは、あなたでしょー!!! 

他の男性二人も、なぜあの場でそういわない?!?

世の男たち、もっとがんばれ!

私はそういいたい。

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それにしても、36歳で合コンするなんて思わなかったなー。 

今回誘ってくれた友達は、普段は個人的に付き合いがない。

私の仲のいい友達はことごとく結婚をしてしまったし、また、結婚前でも合コンというものにそんなに意欲的に参加するタイプでもなかったので、私にとっては本当に久々なのだった。

しいて言えば、彼氏がいることもあるけど、学生時代に「合コンってこんなものかー」と思ってしまったのもある。 学生時代に何度か出席したけれども、成就したことはないし。

それでもこの年になって、知らない男の人と飲むのも悪くない。 そう思ったりもした。

願わくば、好みの人が現れて、私をさらってくれないか・・・・とは、口が裂けてもいえないが。

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緊急避難用品

私が小学生のころから、「関東には60年に1度大地震が来る。大正時代の関東大震災から60年が経つので、いつ大地震が来てもおかしくない。」と噂され続けてきた。

あっという間に83年である。

記憶に新しいものでは阪神淡路、新潟、福岡で震度6を超える大地震が起こり、その度に次は東京か・・・と恐れているのである。おそらく、東京で起きてしまったら、その建物の密集率からして阪神淡路よりもずっと大きな被害が出るだろう。

私も、家で被災したら助かるかもしれないけれど、渋谷に位置する事務所や通勤電車の中だったら助からないかもしれないなぁ、などと考える。

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私は、緊急避難用品を常備している。 

実家の母がいつも水だの食料だのを用意していたので、私も実家を出てから実に10年以上、自分で用意しつづけている。 そして、そのリュックは年々大きくなって、おそらくは本当に被災したって自分ひとりでは持ち出せないだろう量になってしまった(^^;)。

大地震が起きるたびに新聞に特集される”用意しておいた方がいい防災グッズ”という記事を参考にいろいろ買い集めたのだ。

新潟の大地震が起きた後に、私も総点検して、東急ハンズに不足なものを買いに行った。 驚いたことに、東急ハンズの防災用品グッズはどこの売り場より混みあい、お得な20点セット、30点セットなどは売り切れのものまであった。 いろいろとみていると本当にあれもこれも欲しくなる。

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実は、毎日持ち歩くかばんの中にも、防災グッズが入っている。防炎マスク、折りたたみブランケット、名前と住所が記入された笛、懐中電灯の4点セット。

これらは先日の記事”私のあほな話”で語った、間違ってごみ置き場に放置してしまった紙袋に入っていた。だから余計に焦って取りに帰ったのだった(笑)

会社の社員6人全員にも、アスクルで緊急避難リュックを購入して机の下に置かせているし、キャビネットが倒れないように突っ張り棒までした。

人は、そんな私を笑う。

私だって、わかっているのよ。 そんな備えをしていたって、どこで被災するかによって何の役にも立たなくなるってことを。

それでも、やらずにはいられない。 

願わくば、それらのグッズを一度も使うことなく天寿を全うしたいものだが・・・。

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足つぼマッサージ

前にも述べたが、今回の台湾出張では足つぼマッサージに二回連れて行ってもらった。1時間くらいかけて足裏と、ふくらはぎをマッサージしてくれる。

足ツボに行ったことがない人にはわからないかもしれないが、不思議なことに、足のツボを押すだけで目の疲れや肩こりもだいぶ軽減されたりする。足はいろんな臓器のツボが集まり、”第二の心臓”といわれているのだ。 

もちろん、台湾の足ツボマッサージも、普通のマッサージと同じく、かなり痛い。

私は普通のマッサージは痛いのが嫌いだが、足ツボは痛いのが嫌いではない。その方が効く気がするし、実際、施術後はすっきりする。

私の連れて行ってもらった台湾のお店は、リクライニングチェアーの前に、すでに小さなシンクが設置されていて、蛇口をひねるとなんと漢方入りのお湯が出てくる!すごい!

それから、足湯をしている間に頭や肩を5分程度マッサージしてくれる。とてもうれしいサービスである。テレビが目の前に設置されているので、ちょうどワールドカップを観ながらマッサージを受けた。(解説は台湾語だけど)

いやー、今回はかなり痛かった。 展示会でたちっぱなし、普段食べなれない台湾料理ばかりを食べ、普段は飲まないお酒を飲んでいたからかもしれないが、かなり痛かった。

私の健康状態はひどいそうで、しきりにマッサージ師が私に話しかける。台湾人の連れに訳してもらうと、

「足にセルライトがたくさんたまっている」「むくみもひどすぎる」「肝臓と腎臓が疲弊している」とのことで、以下のアドバイスをもらった。

① 夜は寝る3時間前から水分を一切取ってはいけない。(肝臓・腎臓を休めるため)

② 風呂では足をマッサージする。

③ 寝る前に20分くらい足枕をして、足の水分を内臓の方へ戻す。

④ 足ツボに週に2回は通って、むくみを押し出す。

以上を続けて、むくみが治ったらやめていいそうである。

①と④についてはあまり守れていない。ていうか、週に2回も通ってたら、お金も大変である。

足ツボマッサージは、腰が悪いだの、胃腸が悪いだのわかって、結構アドバイスをもらえるので、行ったことのない人はいかが? お勧めですよー。

ちなみに、日本で月に二回は足ツボに通っている。

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TAIPEI 101

今、世界一高いビル。

それが TAIPEI101 だ。

台湾の出張の目的である、FPDショーの出展会場はTAIPEI101と隣り合わせ。道を隔てて、隣に世界一のビルがそびえているのだ。

これは、行かずにはいられない!!

てなことで、展示会場ではわりと暇だった私は、ほかの人たちの許しを得て会場を抜け出し、TAIPEI101に行った。

2006_06170051 高さは508m。101階あるので、TAIPEI 101 なのだが、

展望台があるのは89階。 

施工は熊谷組が行い、東芝の超高速エレベーターが入っている。

ちなみに、台湾のホテルやデパートなどの主な建物は日本のエレベーターが入っているそう。 日本の技術はまだまだ誇れるという証である。

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展望台から下界を見下ろしても、あまりにも高すぎて、あまり実感が湧かない。

下を走る車はミニカーのよう。

台湾・台北の中で次に高いビルが、三越の38階建てとか言っていたので、このビルがどんなにずば抜けて高いかわかるだろう。

ただし、やはりここは、アジア。

「夜に上った方がきれいですよ」というアドバイスをもらったが、昼に上って納得。

建物がヨーロッパのように街並みがきれいではないのだ。ただ、海や山も見えて、悪くはないかな。 今回は、夜に上る時間がなかったので、これは次回までお預け。

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余談だが、このビルが2004年12月にできるまでは、マレーシアのクアラルンプールにあるペトロナスタワーが世界一だった。そのころに、クアラルンプールに遊びに行ったのに上りそびれてしまったのが今でも悔やまれる。

来年には、上海に世界一にビルができるそうだ。 ここにもいつか上れるかしら?

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