芝居の原点 2
先日、芸能人占いで「あなたの芸能人適正度は40%です」と低い結果に終わったので、やっぱり向いてなかったのねと思わないでもないが、一時、女優になりないなーと思っていたことがある。
そんな自分を掘りおこしてみるべく始まったこの連載。(というほどすごいものではない。)
前回は、保育園での思い出を話したので、今日は小学校での思い出を話そう。
他の小学校はどうなのかわからないが、私の通った小学校では『学芸会』というものが、二年に一度行われていた。いや、毎年行われていたのかもしれないが、とりあえず、私は2年、4年、6年生の時に学年での出し物をやった。芝居だの、オーケストラ(?)だのである。
すでに、2年、4年のときの記憶はあまりないが、6年のときの学芸会は今でも忘れない。
斎藤隆介の『花咲き山』をミュージカルに仕立てたものをやったのだ。
(斉藤隆介の作品は、他に『ベロだしチョンマ』や『八郎』『半日村』などの作品がある)
教科書に載っていたところも多かっただろう。江戸時代の貧乏な農家の話である。話はたしか、年に一度のお祭りの時、両親が新しい着物を仕立ててくれるという。ところが貧乏なために、一着しか仕立てるお金がない。幼い妹が「私も赤いきれいな着物が欲しい!」と駄々をこねたため、姉はそんな妹にその権利を譲る。という感動ストーリーだ。
私の担任の先生が、脚本・演出を手がけた。バック・オーケストラの指揮もやった。
そして、役をゲットするのにオーディションをやったのだ!主役も、他のキャストも、オーケストラもすべてである。
私はどうしても主役がやりたくて、オーディションを受け、見事合格!
(まあ、元来が目立ちたがり屋なのね。)
二回上演なので、すべてがダブルキャスト。もう一人の主役の子はその後、大学で声楽課に進むほどの美声の持ち主だった。
私は歌うことは大好きだが、自慢できるほど歌はうまくない。でも、芝居は出来たと思う。
それでも、先生が担任だったことと(つまり”えこひいき”やー)、目立つことが嫌いな小学生の中、それほど主役希望者がいなかったのかもしれない。私を選んでくれた。
エンディングテーマ『翼を下さい』(←先生の選曲)を再び聞くのも嫌になるほど練習した。エンディングでは、一人で1番を歌いきらなくてはいけないからだ。二番は、他の出演者がみんなで歌った。
「おらだって、おらだって・・・、本当は着物がほしい。だども・・・・」というセリフを今だって覚えている。
これこそ、私の芝居の原点であった。
大勢の人の前に立って、演技をする快感。
学芸会は大成功に終わって、私は、芝居をする楽しさを改めてしった。
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